◆村の若者が「ヌズリャーマ」を誘う様を歌った山原ユンタ(m225)◆
◎収録アルバム 八重山古典民謡、沖縄民謡全集 等
◆島の情報: 石垣島 - Wikipedia
■『山原ユンタ』の歌詞<1>
山原ぬ 底ぬ家ぬ <ヤマバレぬ シクぬヤーぬ>
ヌズリャーマ
ヒヤササ ヤラドーハーイ ヨーホイナ (*ハヤシ)
・大意
山原の 底の家の ヌズリャーマは
ヒヤササ ヤラドーハーイ ヨーホイナ
■『山原ユンタ』の歌詞<2>
あふぁり子ぬ とぅんぎゃーまぬ <あふぁりファぬ とぅんぎゃーまぬ>
生れうん <マれうん>
・大意
美しい子で とびぬけた
生まれだった
♪絶世の美女「ヌズリャーマ」
・山原(ヤマバレ)村に生まれた「ヌズリャーマ」は、とても美しい娘に成長しました。年頃になった娘を、村の若者が「若衆宿(わかしゅうやど)」に誘います。
・「若衆宿」は、結婚前の十代の男女が集まって夜なべ仕事をするという建前ですが、実際は、野や浜に出て歌い踊るという「青春の謳歌」も多かった様です。
■『山原ユンタ』の歌詞<3>
走りきざーぎどぅ ゆぬ下れし <ハりきざーぎどぅ ゆぬウれし>
遊びうる <アサびうる>
・大意
走り蟹でさえ 同じように下って
遊んでいる
♪村の若者と「ヌズリャーマ」
・しかし、「ヌズリャーマ」の親は、娘が「若衆宿」へ行く事を固く禁じました。そこで、村の若者は大勢で押しかけ、大きな石で戸口をふさぐなどイタズラをします。
・毎日続くイタズラに、親は根負けする形で、娘が「若衆宿」へ行く事を許すのでした。『山原ユンタ』は、村の若者が「ヌズリャーマ」を誘う様を面白おかしく歌った民謡です。

■『山原ユンタ』の歌詞<4>
我がけーら 浜下りし <バがけーら ハマウりし>
遊ぼうら <アサぼうら>
・大意
わたしたちも 浜に下りて
遊ぼうよ
♪八重山美人
☆「安里屋クヤマ」:
・琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女「安里屋クヤマ」(1722年-1799年)。「安里屋ユンタ(元唄)」は、八重山に派遣された下級役人がクヤマに一目惚れし、そのやり取りを、面白おかしく歌った八重山民謡です。
☆「山原村のヌズリャーマ」:
・山原村に生まれた「ヌズリャーマ」は、とても美しい娘に成長しました。『山原ユンタ』は、年頃になった娘を、村の若者が「若衆宿」に誘う様子を歌った八重山民謡です。
◎美智子さん:
・私が大学時代にお付き合いした八重山出身の女の子、八重山美人でした。
♪沖縄プロムジカ合唱団の『山原ユンタ』
・私がこの曲を初めて聞いたのは、沖縄プロムジカ合唱団の混成四部合唱版でした。琉球大学音楽科元教授の城間繁先生が指導されていた沖縄プロムジカ合唱団のレコード「おきなわの旋律(うた)」に『山原ユンタ』が入っていたのです。
・『山原ユンタ』の元歌は、男女の掛け合いでも歌われていました。、城間先生は、男女の掛け合いを混成四部合唱に置き換えた巧みな編曲をされました。
・男女の斉唱から入り、男性のソロを挟み、最後は壮大な混声四部合唱となる。男女の掛け合いを形を変えながら進行させてゆく、沖縄の民謡の芸術性を垣間見る素晴らしい城間先生編曲の『山原ユンタ』です。
・山原(ヤマバレ)ユンタ(2分42秒)
・山里勇吉の力強い歌声に心打たれます。
・作詞・作曲:八重山民謡 歌:山里勇吉





