いつも音楽といっしょ

音楽といっしょに成長した自分を振り返ります。

■いつも音楽といっしょ(十九の春)■

◆私があなたにほれたのは~(m023)◆

♪「私があなたにほれたのは~ちょうど十九の春でした」。これは、バタヤン(田端義男さん)のヒット曲「十九の春」です。田端義男さんが、沖縄に訪れた際に、とても気に入りレコード化し、ヒットとなりました(1975年)。覚えやすいメロディーと、物語調の歌詞がマッチして、とても親しみやすく、カラオケなどでもよく歌われる曲です。

♪「同じコザ市に住みながら、あえぬ吾が身のせつなさよ」。コザ市(現在の沖縄市)と出てくるの、沖縄生まれの歌と思っていましたが。いろいろ調べてみると元歌は、与論島の「よろん小唄」で、沖縄本島に渡り「尾類小(じゅりぐわー)小唄」「吉原小唄」となり、遊郭で流行りました。それを本竹裕輔が、補作して1972年に「十九の春」としてレコード化し、一般大衆に歌われるようになったという経緯があるそうです。

♪「いまさら離縁というならばもとの十九にしておくれ~」。「十九の春」は、歌詞が標準語なので、カラオケや沖縄の民謡酒場などでも、よく歌われます。三線の伴奏は「初級クラスの後半」レベルなので、三線教室の練習曲にも使われます。私も三線教室で「もとの十九にしておくれ」と、歌いました。

♪「奥山住まいのウグイスは、梅の小枝で昼寝して、春が来たような夢をみて、ホケキョホケキョと鳴いていた」。「十九の春」の最後の歌詞です。「一生忘れぬ片想い」から、ガラッと展開してのクライマックスです。本竹裕輔さんの作詞技法には、目を見張るものがあります。このクライマックスが、今もこの曲が歌い継がれている理由の一つと、私は思います。

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◎田端義男さんの「十九の春」です。


月ぬ美しゃ美智子や清らさ(ツクヌカイシャ ミチコヤチュラサ)

◆私の「オリジナルソング」をアップしています。良かったら聞いてください。